踊れよ我が情熱!

心身の健康と・・・

近頃は、デスクワークの仕事ばかりをしてしまい、
ついつい肩が凝ってしまうことが多くなっています。

 

デスクワークといえばオシャレなイメージを持っている人もいるかもしれませんが、
その実情は土方よりもタフな仕事をしている・・・と言う人も多いようです。

 

というのも、代表的な仕事としてはSE。
まさにIT土方といわれますが、残業が月200時間にも及んでしまうことも珍しくありません。

 

近頃ではブラック企業、という呼び名も世間に定着してきましたが、
SEに関してだけはどこの企業もブラック、というよりブラック業界なのではないでしょうか。

 

でも、インターネットのちからってスゴイですよね。
だって、ブラック企業という評判が広まると、その会社の業績は悪化します。

 

最終的にはそういった評判が立ってしまった企業は、潰れたり事業縮小をするのですが、
社会全体で見れば「ブラック企業だ」という評判を立てられないために、
社員をこき使うにも限度というものを設けようという自制の心理が働くからです。

 

昨今では、まだまだブラック企業はありますが、
これからはもっと減っていくのではないでしょうか。

 

ブラック企業の最大の恐怖とは

世間を脅かすブラック企業についてですが、
この最大の恐ろしさは人生の無駄遣い、ということが挙げられます。

 

働いている時から低賃金労働なのは当たり前で、
その上でさらに長時間労働が日常的なわけです。

 

まさに洗脳してこき使っている封建社会のような人間関係ですが、
いいように使われている側の人間としては、溜まったもんじゃありません。

 

人生とは、時間です。

 

命とは、時間です。
時間とは命であり、人生とも言えるでしょう。

 

その貴重な時間を、低賃金の長時間労働で使いきってしまうことは、
何のために生きているのかという、命の無駄遣いの問題になってくるのです。

 

たしかに、社会人として働くことは、社会人としての責任を果たしていることになります。
とはいうものの、それはあくまで社会的な役割の観点からの話。

 

我々は、社会人である前に、極普通の一人の人間なわけなのです。

 

はたから見れば、そんな劣悪な環境で何のためかもわからず、
自分の時間を使い果たしてしまうことは奇妙に映るでしょう。

 

しかし、当の本人としてはそれが正しい、というより、
それ以外の生き方がわからないのです。

 

たしかに社会人ですから、そのあたりは自己責任の問題もありますが、
それを問うのであれば使用者側の責任も問われてしかるべきなのです。